嬉野茶を飲み始めて、30年以上が経ちます。
その間に、いろいろなお茶も飲みましたが、でも最後はやっぱり嬉野茶でした。
私の実家は兵庫県で関西なのに、なぜか私が幼少の頃から嬉野茶を飲んでいました。
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私の両親は長崎生まれの長崎育ちです。学生時代に知り合った父と母はすでにその時からそれぞれの家庭で嬉野茶を飲んでいました。その後、結婚した両親は父の仕事の関係で兵庫県に移り住むことになりました。関西に出てきた当時、こちらでは嬉野茶など売られておらず、やむなく百貨店やスーパーで売られているお茶を買って飲んでいたようです。関西には宇治をはじめとする有名な産地がありますが、幼い頃から嬉野茶を飲んできた両親にとって、どのお茶を飲んでも口に合わなかったようです。口に合わないとは「まずい」という意味ではなく、お茶の味が口に合わなかったということです。そこで両親はどうしても嬉野茶を飲みたいという想いから、高い送料と配送に時間がかかるにもかかわらず(当時は今のように便利な宅配便などはありませんので、送料も高く日数もかかりました)、母親の実家にお願いして長崎から送ってもらうことにしたようです。これが、村上家が関西で嬉野茶を飲むはじまりとなりました。いまから
50年前、約半世紀前の出来事です。
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私が生まれる前から嬉野茶が飲まれていましたので、私にとってお茶と言えば嬉野茶を飲むのが当たり前でした。また、逆に嬉野茶こそが代表的な日本茶だと思っていました。ところが20歳時です、1ヶ月ほど日本を離れカナダ住むことがあり、生まれてはじめて嬉野茶(日本茶)が飲めない状況に陥りました。幸いにもカナダでは日本文化を愛してやまない家庭にホームステイすることになり、さらにそのファミリーが日本茶を飲むことが好きな家族であったことから、私は海外にいても簡単に日本茶を飲むことができたのです。それも、ティーパックではなく、ちゃんと急須から淹れた「お茶」を!です。そのような恵まれた環境にもかかわらず、実は複雑な思いをしていました。

それは飲んでいたお茶が口に合わなかったからです。飲んでいたお茶は有名な産地のお茶であったにもかかわらず、私の口には合いませんでした。かつて両親が関西に出てきた当時、こちらで購入したお茶を飲んで口に合わなかったことと同じ経験を息子の私までもがするとは思ってもいませんでした。しかし、このことがきっかけで私は、日本茶は産地によって味が異なることに気づき、それ以来、嬉野茶以外のお茶を飲むことに興味をもちました。
日本に帰ってきてから、全国各地のお茶の産地と茶葉の種類を調べ、各産地のお茶を飲み続ける日が続きました。そうです、嬉野茶を飲み始めて20年目にしてお茶の浮気がはじまったのです。当時、会社が終るとまっすぐ帰らず、お茶屋さんに行くことが日課でした。各地のお茶を20gずつ量り売りしてもらい、家に帰って食後に一人でじっくり味わっていました。1回に使用する茶葉の量は3g程度ですので、6回も飲めば大体、味の特徴は分かります。約半年間、そのような日が続きました。
半年もの間、他の産地のお茶を口にしてきましたが、「これだ!」というお茶にめぐり合うことはありませんでした。やはり最後に美味しいと感じたのは嬉野茶でした。嬉野茶のなかでも我が家が50年以上飲み続けている歴史あるお茶屋さんの嬉野茶でした。

我が家に遊びにくるご近所の方に母親がよく嬉野茶をお出しします。それもデザートとコーヒーを出した後にです。普通であれば、デザートを食べ、コーヒーを飲んだ後はお腹もふくれてお茶を飲みたい気にはならないと思います。また、飲んでもあまり美味しいとは感じないのではないでしょうか。しかし、飲まれた方の反応はそうではありません。(関西弁で)「いやー、おいしいわー、どこのお茶?」。いつの間にかご近所では「村上さんの家でごちそうになるお茶、美味しいのよ」との噂が広まり、いつしか「村上さん、一緒にうちの分も買ってくれへん」ということになりました。いまでは年に数回、母親が購入の依頼のあったお宅へ届いたお茶を自転車で配っています(笑) 1回の購入量は数十kgにもなります。
ご近所の方の反応を見ていると、私自身「やはり嬉野茶が1番だ」ということを確信します。同時に
・いま飲んでいるお茶が口に合わないと感じている人
・いま飲んでいるお茶が美味しくないと感じている人
・味などわからずに何気なくお茶を飲んでいる人
が他にもたくさんいるのではないか?そのような人たちに是非1度でいいから嬉野茶を飲んでほしいという想いが強くなり、ある日一つの決断をしました。
その決断とは、嬉野茶を飲んでいる私が今度は多くの人に嬉野茶を飲んでもらうことでした。しかし、飲んでもらうには十分な茶葉がなければできません。その茶葉をどうするか?真剣に考えました。その結果、私がとった行動は、茶葉の製造元であり、我が家が40年以上前から購入している嬉野のお茶屋さんにこの想いを伝えることでした。
想い立った翌日、私は嬉野に向かっていました。それまで1度もお茶屋さんを訪ねたことはなく、またお茶屋さんも私のことなどまったく知りません。しかし、アポイントもとらず、突然訪問するほどに、私の想いはいっぱいでした。とにかく行って話すしかない、これだけしか私の頭にはありませんでした。そして、ようやく着いたお茶屋さんで、はじめてお会いした社長様に私の想いを聞いてもらいました。時間にして約2時間。あっという間の2時間でした。
突然の訪問で、しかも2時間という時間では自分の想いを十分に伝えきれなかったこともあり、その後は手紙で想いを伝え続け、ひたすら社長様の判断を待ちました。数ヶ月経っても返事がなく、半ばあきらめかけていましたが、これで最後だと思い、再び嬉野を訪問することにしました。2度目の訪問後しばらくして社長様より頂いた返事は、「みなさんに嬉野茶を飲んでいただきましょう」でした。ようやく私の想いが通じたのです。
このような経緯を経て、みなさまに嬉野茶をご紹介できることとなりました。しかし、当社に卸していただける茶葉の量には限りがあります。通常であれば卸していただけないところ、
社長様のご厚意によりご提供いただくことができました
。みなさまにはぜひ、この機会に嬉野茶を飲んでいただきたいと思っております。 |